Uncategorized

医療費がかさんで現在進行系で貧乏生活中です

現在進行形なのですが、お金がないです!

持病の治療を始めたため、出費がかさんでいます。

保険適用される治療なのですが、日本で認可されたばかりの薬を使った治療をしています。

そのため薬価が非常に高く、月の医療費が約6万円かかってしまいます。

健康保険には高額療養費制度というものがあって、所得によるのですが、一か月の医療費にリミットが設けられています。

6万円というのは、もちろんその制度を使って医療費の還付を受けたうえでの治療費の合計です。

治療を続けることにより薬の投与間隔が広がるので、今後は三か月に一回の出費で済みます。

高額療養費には多数回該当というのがあって、直近十二か月に三回以上高額療養費対象の出費があった場合、四回目以降からは更に自己負担上限額が下がります。

私の場合は、あと一回だけ約6万円を支払えば、それ以降は約4万5千円の支払いで済みます。

確定申告の医療費控除を使えば、ちょっとだけ税金も戻りますし、もうちょっと
だけ耐えれば、少し楽になります。

明日の食べるものにも困る、というほどお金がないわけではないのですが、この治療費のための積み立て、車のローンや任意保険料、町内会費、持っている資格の協会に支払う年会費、年末年始の帰省費用、甥っ子姪っ子へのお年玉等々、支払わなくてはいけないものがたくさんあります。

車のローンが払い終わる半年後までは、とにかくお金が足りない状況が続きますので、節約をしつつ、本業以外のことで少しでもお金を稼ごうと日々考えています。

基本的に、ぜいたくをしなければ赤字にはならないので、なるべく無駄な出費を抑えています。

外食を控えて自炊をしているのは当然ですが、行かなくてもよさそうな飲み会は、嘘も方便ということで、相手の気分を害さないよう上手に断っています。

お酒やおやつを買うのも極力我慢し、休日は外出を控えて家にひきこもっています。

家では趣味のピアノの練習をしたり、読書をしたり、インターネットをしたりと、あまりお金のかからないことをして過ごしています。

そして今は、クラウドソーシングで細々とおこづかいを稼ぐことにもはまっています。

とは言え、家にずっといると息がつまってきますよね。

そんな時はコーヒーを持って図書館や公衆浴場に出かけます。

私の近所の図書館は飲食ができるスペースがあります。

もちろんカフェでコーヒーを買うことはせず、自宅で入れて持っていきます。

図書館での出費は0円です。

また、近くに温泉があるのでリフレッシュに活用しています。

wifiが自由に使えますので、ここにもコーヒーとパソコンを持ち込んでいます。

休憩所でクラウドソーシングをし、疲れたら温泉でリラックス、という好循環が生まれています。

この清貧生活をけっこう楽しんではいますけれど、早く車のローンを終わらせて、どこかに旅行に行きたいというのも本音です。

金欠を乗り越えろ!!私が実行している金欠対策

この記事を書いているこの瞬間も私は金欠です。

学生である以上稼げない月は必ずやってきます。

しかし、何度もそれを経験する内に私なりの金欠を乗り越える方法を幾つか見つけました。

まず初めにこれ以上金欠にならないためにアルバイトの出勤を1.5倍から2倍に増やします。

お金を使う時というのは、時間があるときではないでしょうか。

簡単に言えば休みの日です。

休みの日は基本的に何をしても自由ですし、自由な分色々とやってみたくなり、自分の休みを楽しむにはやっぱりお金が必要になってきます。

なので、お金がないときの休日は、はあえて働きに出て、自分の時間をなくしましょう。

アルバイトをしたからといってすぐに給料を貰えるわけではありません。

しかし自分から出て行くお金も少なく済むはずです。

2つ目は節約です。

主に節約しなければならないのは生活面でしょう。

例えば、起床時間を早めて、電車に乗らず、2駅3駅歩いてみたり、自転車に変えてみるだけでも、月3,000円程度の節約になります。

また早起きをすることで夜眠くなりやすいので電気代の節約にもなります。

そして冬場のシャワーは昼間明るいうちに時間をかけずに浴びましょう。

冬は昼の方が温かいので温水器の温度も低めで済むし、自然光で浴室は明るいので電気代もかかりません。

もっとも重要な食に関しては野草を拾って食べることをお勧めします。

特に春は土手に行けばナズナ、フキノトウ、ツクシ、タンポポの葉野草が多くあります。

これらで二食三食は軽く浮かせるくらいの量です。

そして、収穫物の予洗いは公園の水道水を利用すると、調理する前の洗いが簡単にすんで水道代の節約にもなります。

そして3つ目はモノを売ることによる金銭の獲得です。

自分の身の回りを見渡してみましょう。

そして、使わないモノや、使用頻度の低いモノなど、手元にある不要品は思い切って処分してみましょう。

必ず、あるはずです。

もし分類に迷った場合は、1ヶ月以上使っていないものは、思い切って処分していいでしょう。

しかし、モノを売るのは簡単ではありません。

最低でも2、3件まわる覚悟で手放す店を選定することも必要です。

また、マニア向け嗜好の高い商品はリサイクルショップより、オークションの方が価格が上がる傾向にあります。

オークションのポイントは写真のうまい撮り方。

そして商品の説明をなるべく詳しく書くことです。

値段も自分で決められるので、交渉次第で臨時収入にもなります。

海外留学で貧乏生活をすることになった体験談

私のこれまでの人生の中で一番お金がなかったのは海外に留学していたときです。

学生としての留学で、滞在中に仕事はしておらず、渡航前に貯めたお金で生活していたためかなり切り詰めていました。

まず一番節約したのは食費です。

格安のスーパーに行き、一番安い(品質も悪そうな?)ものだけを買っていました。

パンがおいしいと評判の国でしたが、朝食は12枚切りくらいの極薄のパサパサ食パンを買い、砂糖をまぶしてトースターで焼いて食べていました。

飲み水も自宅の水道水だと水道代がかかるため、学校に設置されているミネラルウオーターのサーバーからペットボトルに毎日入れて飲んでいました。

たまに大きめの容器にミネラルウオーターを大量に入れ、家に帰り料理に使ったりしていました。

食費の他、気合いをいれて節約したのが電気代です。

1ヶ月分の使用料金をあらかじめ払い、プラスマイナス分は契約終了後に精算されるシステムでしたが、私の契約終了=帰国ということになるため、海外送金となるとかなり面倒になってしまいます。

お金がない+面倒という理由からかなりの節約だったと思います。

まず、基本的に夜は電気をつけませんでした。

代わりにスーパーで買ったキャンドルをつけて生活していました。

もともと蛍光灯の明るすぎる照明が苦手なため、キャンドルの柔らかい明かりは癒しにもなりました。

さすがに友人が遊びに来たときなどはキャンドル生活を強制できないため蛍光灯をつけていましたが、友人が帰ると即消灯していました。

また、寝る前などはやはり火を使うのは危ないため、パソコンを開いてその明かりで生活していました。

パソコンを使うなら電気をつけるのも同じなのでは?と今では思いますが、当時はあの蛍光灯の明かりを見ると節約しなければ、という気持ちになっていました。

人間とは環境に順応する生き物のようで、暗闇でも問題なく生活できるようになりました。

私が住んでいた街は比較的大きな街で地下鉄やバスなど交通機関は充実していましたが、もちろん移動は徒歩が基本でした。

家から学校までは徒歩で通える範囲内でしたが、買い物に行く際や友人と出掛ける際は少し遠出になってしまいます。

ですが意地でも地下鉄には乗りたくなかったため、地図を片手に毎回徒歩で移動していました。

そのため早い段階で街の地理を理解でき、気づけば足腰も丈夫になっていました。

このようなお金がない生活は約3年間続きました。

今は仕事も収入もあり生活レベルはアップし、このお金のなかった時期は今では良い思い出です。

高校時代にお金がなかったときに実践していた小銭の稼ぎ方

私の通っていた高校では空き缶を回収する機械があり、その機械に空き缶を一つ入れると10円が出てくるという物でした。

学力は普通のレベルでしたがあまり治安の良い学校ではなく、一度ゴミ箱の中に何故か「ウコンの力」の小さいボトル缶が入っていたことがあったのですが、それを入れてもしっかり10円出てきました。

私はアルバイトをしていて月に5~6万円の収入があったものの、何せ高校生は遊びに忙しいもので、わずかなアルバイト代もすぐに無くなってしまうので生活費に困った時はいつも学校内を回って空き缶回収をしていました。

ちなみに少なからずルールがあり、500ミリリットル入りのロング缶は入らずに350ミリリットルのサイズまでしか受け付けてもらえない機械だったので、友人の一人が500缶を半分に切断して入れ、10円の二重取りをしたことがあったのですが、そのことが教員にバレた時は停学処分になっていました。

また、別の友人が毎朝大きなゴミ袋に大量に空き缶を入れて登校していたのですが、その友人も残念ながら停学処分になり、校内で獲得した空き缶でないといけないというルールだったのです。

私は一人の友人と手を組み、三年生の時に昼休みになったらゴミ袋を持って校内を巡り、各教室のゴミ箱、そして同級生や後輩が飲んでいる飲み物を早く空けさせて回収をやっていました。

一日の成果は少ない時で500円程、多い時だと1000円を超えるのですが、何せ二人でやっているので報酬は折半、一人当たりの日給は250~500円といったところでした。

校内の回収とあれば教員も文句は言わず、むしろ校内にゴミが散らかることが無くなるので協力的でした。

頻繁に教員室を訪れては教員が飲み干した空き缶を回収することもあり、また稀に敷地内であれば駐輪場や校庭等の外の空き缶回収も行い、普段の成績にも良い意味で響くくらいの評価を受けていました。

学校内だけでの回収に限っていて持ち込み禁止とはいえ、バッグの中に隠せる範囲であればもちろん持ち込みはしていました。

私と友人は作業に慣れてきたら家の中で発生したアルコール以外の空き缶は常に持っていくようにしていて、また通学中に汚くない空き缶を見つけたら学校に持っていく癖ができていました。

正直ホームレスとやっていることは変わらないのですが、それでもわずかなお金であっても貴重なお金、私たちは周囲にホームレス高校生と言われながらも日々地道にお金を集めて周っていたのでした。

結婚したことで貧乏に!夫の家族の借金問題!

私の両親はどちらも名のある仕事に就いており、今まででお金が無いことで辛い思いはしたことがありませんでした。

しかし私が出来ちゃった婚をすることになり、まだ付き合いの浅い男性と結婚することになりました。

主人は性格もよく見た目も格好よく魅力的な男性だと思っていたので彼との結婚に不満はありませんでした。

しかし問題がひとつありました。

彼の家が母子家庭でとても貧乏だったのです。

ただ母子家庭で家計が辛いのならわかりますが、しっかり養育費をもらっていたのに関わらず、彼の母親は私利私欲にすべて使ってしまっていたのです。

遊びにいくお金や、飲みに行くお金はすべて子供たちのお金。

成人した彼や、彼の弟の通帳も取り上げ、すき放題使っていました。

そんなこととも知らず結婚してしまったわたし。

自分が馬鹿といえばそれまでですが、彼も彼の母親も結婚式までそのことを黙っていたのです。

結婚式の次の日にこのことを知ったのです。

お金を奪われていた彼にはもちろん貯金などなく、むしろ借金がありました。

車のローンに、奨学金、そしてカードローン。

お腹にいるあかちゃんももうすぐ産まれるのにどうすればいいの?と毎日泣きました。

親がお金を工面してくれる、と言ってくれましたが、そんなことをしたらあの意地汚い義母にむしり取られると思い、自分たちで解決する、と伝えました。

そこから家計の見直しを始めました。

まず車検、税金、ガソリン代、毎月のローンが馬鹿にならない車を売ること。

車の保険を解約すること。

義母がノルマのために入れた掛け金の高すぎる生命保険を脱退させ、掛け捨ての共済に入会しました。

そして通信費の見直しもしました。それだけでも毎月の出費は6万円近く減りました。

節約する時はまず固定費の見直しとはよく言ったもので、かなり出費を抑えることに成功しました。

カードローンは残金150万円ほどあったので、私の父がこっそりと立て替えてくれました。

今のままでは金利をただ払っているようなものになってしまうので。

毎月父に少しでも多く返せるよう節約しながら生活しています。

今までの人生でお金に困ったことなくぬくぬくと生きてきた私ですが、お金がなさすぎる、むしろマイナスだらけという地に落ちてかなり強くなれたと思います。

こういった現状に最近ようやく慣れてきましたが、最初は本当に辛かったです。

しかし、やる気になれば人はなんでも出来る、ということを証明できたので、後生でも役に立てていきたいです。

お金が無くなったのでアンケートサイトを利用してみた

私が大学を中退しフリーターをしていた頃、実家も出ていて自立した生活を目指していましたが、なかなかアルバイトの身では厳しいものがありました。

コンビニでアルバイトをしていたのですが、時給の良い深夜で働きたかったのに空きが少なく、深夜は週二回のペースで入り他の日は夕方や昼間に入っていて、出勤日数は結構なはずなのに収入がそれに追いついていない状況でした。

そんな時、私は何か空き時間にできるお小遣い稼ぎがないかと探していたところ、以前から度々耳にしていたアンケートサイトを見つけ、登録することにしました。

アルバイトの休憩中や休日に家にいる時にもできるので非常に良いですし、何より少ししか稼げなくても数をこなせばその分収入になるので、気合いでたくさん数をこなそうと思っていました。

ですが実際はそんな甘くありませんでした。アンケートサイトはそもそもアンケートが無いと回答できませんし、一日に届くアンケートの数も限りがありました。

そこで私は複数のアンケートサイトを利用しようと考えました。

その結果登録したのは四つのサイトです。

回答できるアンケート数は増えましたし、それにアンケートサイトは数をこなしていけば送られてくるアンケートが増えるものが大半なので、日を追う毎にどんどんアンケートが増えていくのです。

それでも、一回の回答で安くて1円、高くて200円くらいにしかならず、しかも50円を超えるようなアンケートは回答方法が面倒臭い上に時間も非常に掛かるものでした。

そしてそれ以上の問題があったのです。

問題とは、現金交換の期間でした。

アンケートサイトから直接銀行に振り込むことができるサイトもあるのですが、基本的には換金用のポイントサイトに一度アンケートで獲得したポイントを移して、移すのが完了したら今度は銀行口座に振り込むのです。

ポイントサイトから銀行口座に振り込むのは、銀行の営業時間内であればリアルタイムでできるのですが、問題なのはアンケートサイトからポイントサイトにポイント移動させる期間でした。

早くても一週間、長いものだと一ヶ月以上掛かるのを、一通りポイントを貯めてから知ったのでした。

私は、稼いだ分はすぐに手元に入ってくると思っていたので、アンケートサイトは日頃ちまちまやっていき、ふと思い返した時に換金するのが丁度良いのだと知りました。

残念ながら、私の金欠状態を助けてくれるサイトには成り得ませんでしたが、それでも副業やお小遣い稼ぎとしては、まあ良いと思っています。

貧乏に生まれ、人並みの生活水準で生きようとした結果

当時の私は東京に住む大学生でした。

高校生の時から働いていたアルバイト先があり、そこでの給料が毎月5~6万円、そして大学入学してすぐに始めたもう一つのアルバイトで月に3~4万円、月に8~10万円の給料がありました。

学費はありがたいことに、両親が学資保険に入れてくれていたおかげで何とかなっていましたが、その代わり当然ながら自分のことは自分負担です。

私は大学まで電車で1時間半程かかるのでその定期代、そして最寄駅まで自転車で15分かかるので駐輪場代、更に携帯代はもちろん日々の食費も自己負担でした。

まず毎月仕方なくかかってしまう金額が5万円程あり、そこから食費が発生します。

尚且つ春や秋は新しい授業が始まるので教科書が必要になります。

そして大学生なのでもちろん遊びにも行きますのでお金がとにかく足らない状況でした。

それだけなら良かったのですが、私はギター教室に通い始めてしまったのです。

月々の出費は更に増え、ですがアルバイトはこれ以上入れません。

私は土日はボランティア活動をしていたので平日しか働けず、その代わり平日は夜中まで働いていました。

そんな生活で続けば良かったのですが、私は夜中までアルバイトをしているせいで朝が苦手になり、授業を休みがちになってしまいました。

大学に行かなくなってしまったら元も子もないので、私は掛け持ちで始めたアルバイトを辞めることにしました。

そうすると大変なのは日々の生活、半年程通ったギター教室も辞め、それでも毎月食費を除けば生活できる状態、つまり食べるものがありませんでした。

家で食べればいいのですが、私の実家は貧乏だったので家に何か置いてあるなんてこともなく、むしろお米すら無い時だって普通にありました。

私は外にいる間は何も食べないようにしました。

まだまだ若いので本当はお腹いっぱい食べたいところですが、毎日昼食は取らずに朝や夕飯がある時は家で食べますが、基本的に家に食事のない家庭なので本当に食べるものが無く、実家にいるのに餓死しそうでした。

さすがにそんな生活にも限界を感じてきた私は、もう一度掛け持ちしていたアルバイトに復帰することにしました。

そのアルバイトは夜中の1時までの仕事なので、朝一の授業は9時から始まり時間的には余裕があるように見えます。

しかし大学まで約2時間かかる私は朝6時頃に起きねばならず本当にしんどかったのです。

それでもお金がないより良いと思い、かつてのアルバイト先には辞める時に「戻ろうって思ったときは連絡して」と言われていたので責任者の方に連絡し、復帰することになりました。

ですがアルバイトがしんどくて、結局私は大学を二年半で辞めることになりました。

大学に入学する際に奨学金を遣おうとしたら両親にものすごく怒られ、そのくらいの貯えはあるから学業に専念しろと言われたにもかかわらず、日々の食事すら用意してくれずに子供を働かせる親もどうかと思います。

貧乏なのに猫を拾ってしまった!毎日ふりかけごはんの貧乏生活

大学に通っている20代の学生です。

同じく大学生の彼氏と事情があって同棲していたことがありました。

家賃と光熱費は彼氏持ち、食費は私持ちの振り分けでした。

毎月アルバイトをして5万ほど稼ぎ、それを雑費や自由に使えるお金としていました。

しかし去年の冬ごろから体調が悪くなり、アルバイトを続けることが難しくなりました。

そしてアルバイトを辞め、家でできる仕事を探していました。

その間アルバイトのお金は入ってこず、親からの仕送りも少なく貧しかったです。

でもお金の負担の振り分けは約束なので守ろうと、彼氏には今まで通り食費を払い、自分は我慢することにしました。

食べれないのはさすがに辛いので、ふりかけごはんを食べることにして、飢えを凌ぎました。

ふりかけごはんが一週間くらい続いて、親がさすがに見かねて食料などを送ってくれ、どうにか生きていけました。

私はずっとダイエットをしたいと思いながらも太り続けていたのですが、そのことがあってかなり痩せました。

また、手足、目になぜか黄疸がでており入院したりしました。

今思えば、当時の彼氏は少し助けてはくれましたが、もっとサポートが欲しかったなとは思います。

でも、実は貧乏になる前、猫を拾ってしまって、私の決心でウチの子にすることにしたのでその世話の費用も家計を蝕んでいました。

私の食費より猫の食費の方が高かったのです。

しかし、彼氏とのお金の振り分けの約束、猫を飼うと決めた決心は揺るがないものだし、一度約束したこと決めたことは、勝手に変えてはいけないと思っています。

人と人との関係で大事なのは約束を守っていくことだと思いますので、ふりかけごはんばかり食べて苦しくても、その約束を守れたことに誇りを覚えています。

今でも猫ちゃんは健康でぬくぬく育っていますし、私は新しい仕事を頑張ろうと思っています。

今も相変わらず貧しいですが、もっと計画的にお金を管理したり、大事に使うことを覚えました。

ふりかけごはんばかりしか食べれなかった経験は、私の初めての貧乏で、初めてお金の使い方について再考させられるような出来事でした。

ちなみに、ふりかけごはん生活ですごくオススメできるのは、ゆかりというふりかけです。

塩気が強くてごはんがかなり進みます。

後は鮭フレークのようなしっとりふりかけです。

このふりかけはパサパサした典型的なふりかけとは違い、貧乏な中でもなんだか贅沢しているような気分になれました。

離婚で貧乏生活に。実家ぐらしでも大変な再就職期間

現在25歳の私が自分の人生で最もピンチだった時期、それは「結婚」という人生で、一番幸せなはずの時間のすぐ後にやってきました。

当時23歳の私は関西でOLをしており、大学時代から交際していた彼とも順調で、互いにそろそろ結婚を意識するようになり始めていた頃でした。

ただ、彼は関東で就職をし遠距離恋愛だったので、結婚後は私が彼についていくのは必至でした。

それでも彼と結婚したいという気持ちが強かった私は、会社を辞めて、彼と結婚する決意を固めました。

その後トントン拍子に物事が運び、半年後には関東に住まいを移し、結婚生活が始まりました。

彼と一緒に生活できる喜びや結婚をしたという嬉しさから、私は毎日が楽しく、とても幸せでした。

しかし、その幸せは一瞬のうちに崩れ去ることとなりました。

彼の浮気が発覚したのです!

私は信じられない思いと共に、結婚生活を続けることはできないと伝え、関西の実家に戻りました。

その数ヶ月後、話し合いの末離婚が決定し、私は独り身になりました。

職なし家なしバツイチの私がまずしなければならないことは、住む家の確保と職探しでした。

住まいは実家に置かせてもらえることになりましたが、結婚費用に貯金のほとんどを使い果たしてしまっていた私は、自分の計画性の無さに落ち込みながらも、早くお金を稼がないといけないと焦っていました。

しかし、気合いを入れて始めた就職活動はなかなかうまくいきません。

情けない思いになりながら、実家にお世話になり、就職活動の合間に短期バイトで日々の生活費を賄っていました。

結婚前の幸せだった時期は、仕事もプライベートも順調で、お金が無い辛さを感じたことはありませんでした。

初めて味わった貧乏生活に、私はお金の大切さ、実家に置いてくれた家族のありがたさをひしひしと感じていました。

それでも「貧すれば鈍する」とはよくいったもので、お金が無いと友人との交際や外出する機会は極端に減り、バイト先や就職活動と家の往復で、日々心の潤いが無くなっていくのを感じました。

この時期は早くこの生活から抜け出したい、いつまでも家族に甘えてばかりいられないという焦りで、疲れが溜まりに溜まっていました。

そんな私の様子をみた母は、「申し訳ないと思わなくてもいいから」と言ってくれました。

私は涙が止まらず、この家族がいてくれるだけで、私は本当に幸せだと思いました。

お金が無いことは本当に辛いことです。

生活が貧しくなると、心も貧しくなります。

でも、いつもそばにいてくれる人達はいざというときに手を差し伸べてくれます。

お金以上に大切なものは、人とのつながり、家族です。

今私は小さな会社に就職し、計画的に貯金をしながら、毎日幸せに暮らしています。

結婚式の出費は大きい!夫婦で工夫して節約結婚式

私たち夫婦は結婚式をすると決めたとき、貯金が50万円でした。

わたしは退職したばかりで、少しばかりの退職金を切り崩して住民税や奨学金の返済にあてており、夫は働いていましたが高給とはいえず、決して贅沢はできない生活でした。

そんな私たちでも住んでいるのがたいそうな田舎のため、入籍後は、式はいつだと会う人会う人に言われ、「しない」という選択ができずに挙式・披露宴をおこなうことをしぶしぶ決断しました。

結婚式当日はご祝儀やら会費やらを列席者からもらえますが、問題は式までの出費です。

結婚式なんて、どなたも一生に一度のことが多いと思いますので、私も知らなかったのですが、準備の段階でいろいろと諭吉やら英世やらが飛んでいきます。

当日の飲食や演出でドカーンと出費があるのは当然のこと、準備でも地雷のごとくドッカンドッカンと出費がかさんでいました。

みるみる減っていく通帳残高に恐怖がつのった私は、徹底的に「節約」を心に決めました。

ほんとは、お祝い事にケチケチ言いたくありません。

けれど、身の丈に合ったお金の使い方というのも大事だと思ったのです。

私が節約を試みたものは以下のとおりです。

・筆耕代

(招待状の宛名書きをプロに頼むと100円/通かかったので、自分たちでやった。筆ペン300円程度)

・貸しアクセサリー

(ティアラやイヤリングなど、アクセサリーのレンタルパックが3万円だった。買ったほうが安いと思って利用せず。もともとキラキラ系のアクセが似合わないタイプでもあったのでピアスと花飾りだけ購入。一万円くらい)

・ドレスインナー

(式場専門の業者から買うと3万だったが、中古をメルカリで8,000円で購入。特に問題なかった)

・ブーケ

(式場からは「ウェディングドレス用とカラードレス用2つ用意してください」と言われたが1つのみ買って兼用とした。どちらにも似合うデザインを探しまくった。結果:ブーケなんて誰も見てない)

・キャンドルサービス

(一卓1,000円とかやたら経費がかかるわりに大して意味のないイベントだと思ったのでカット。代わりに各卓フォトサービスをやったら思い出も残せて大成功)

・カメラマン

(式場の専門カメラマンが高すぎたので外注。持ち込み料が32,400円(!!)かかると言われたので、フェイクの席を作った。その分を足しても外注のほうが安かった。)

などなど。

お金がありあまるほどにあったら、こういった節約はしなかったかもしれません。

でも節約して思ったのは、全体的に価格設定が高いと言われるブライダル業界が設定する値段には「手間賃」も入ってるんだな、ということ。

節約するということは、そのぶん、手間をかけるということなのですね。

メルカリで取引したり、好みのブーケをネットで探したり、外部のカメラマンと電話で打ち合わせしたり。

手間をかけることは、時間や労力をとられることであり、確かに仕事が忙しい人や式場が住まいから遠い人は、そういう「手間」を式場にお金を支払うことで代わりにやってもらっているんだな、と感じました。

私は主婦だったので、手間をかけて、節約することができました。

お金がなければ手間をかけろ! そんなことを学んだ結婚式でした。